最高裁判所第一小法廷 昭和36年(オ)884号 判決 1964年1月23日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人松岡一章、同黒田充洽の上告理由第一点について。
原判決が、商法一四一条の規定は詐害行為の取消に関する一般規定たる民法四二四条の特則として規定されたものであり、したがつて商法の右規定の適用または準用(同法一四七条、有限会社法七五条一項)ある会社についての詐害設立取消には、民法の右規定を適用する余地はないと解したことは、正当である。所論は、右と異る見解に立つて、債権者の保護の不十分を主張する一つの立法論にすぎないものであつて、採用できない。
同第二点について。
所論は、憲法二九条違反を主張するものであるが、実質は原判決に前記商法、民法の規定の解釈を誤つた違法あることを主張するものであるところ、原判決に右違法のないことは前掲論旨について説示したとおりである。それ故、所論も採用できない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 斉藤朔郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 長部謹吾)
上告代理人松岡一章、同黒田充洽の上告理由
第一点 原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背がある。すなわち、
一、原判決は、その理由中において、「商法第一四一条の規定は、詐害行為の取消に関する一般規定たる民法第四二四条の特則として規定されたのである。従つて、合名会社、合資会社における詐害設立取消については、商法の右規定のみが適用され、民法第四二四条の規定を適用する余地は存しないものと解せざるを得ない。」とした上、「商法第一四一条の規定は有限会社法第七五条第一項の規定により有限会社に準用されるのであるから、上告人(被控訴人)は被上告会社(控訴会社)設立取消の確定判決を得て、その清算手続中、被上告人(控訴人)内田源治、同敏子に代位して、上告人の被上告人内田源治、同敏子に対する債権の弁済を受けるは格別、出資行為が詐害行為に該当することを理由に、出資行為を取り消してその返還を請求することは、上告人(被控訴人)が被上告会社(控訴会社)設立取消の訴を提起したと否とにかかわらず、許されないものといわざるを得ない。」として、上告人の主張を排斥し、被上告人内田源治及び同敏子が被上告会社設立の出資として、源治において金三〇万円を、敏子において金一〇万円を各被上告会社に給付した行為の取消、並に、被上告会社に対する金四〇万円の支払を求める上告人の請求を棄却した。
二、しかしながら、商法第一四一条が民法第四二四条の適用を排除するもので、その特則であるとするのは、何らの成文上の根拠がなく、全くの独断である上、商法第一四一条のみによつては、債権者の保護は図られ得ない。
1 なるほど、原判決のいう通り、商法第一四一条(有限会社法第七五条により有限会社に準用)の規定が追加されるまで、会社の設立行為を民法第四二四条の規定する詐害行為取消権により取消すことができるか否かについては議論があり、(通説及び判例は会社に対する出資の約束は設立行為より分離することができず、また出資の履行行為を取消してもその基本である出資義務が存在するならば、取消の目的を達することができないから、設立行為自体を取り消し得るとして、これを肯定していたが)、そのため、商法第一四一条の明文が設けられた経緯はある。
然し、この規定の新設されたが故に、詐害行為たる出資行為の取消が排除されたものということはできず、むしろ反対に、右の通説及び判例の趣旨よりすれば、会社設立の取消と出資行為の取消との双方を認める趣意の下に、右の新しい規定が設けられたものと解せざるを得ない。
2 会社設社行為取消の判決が確定すると、会社の清算手続を行う必要が生ずることは当然であり、商法第一四二条、第一三八条は、このことを定めておる。処が、原判決のいうように、債権者は出資そのものの返還を求めて、これにつき優先的にその債権の満足を受けることはできず、単に右清算手続によつて、出資者たる債務者に代位して会社の残余財産の中から弁済を受け得るのみとすると、この場合の第一次的保護は、会社債権者がこれを受けることとなり出資者に対する債権者の救済は、後順位となり、その手続の煩雑さ及び清算結了迄長期間を要することと相まつて、殆ど実効性を欠くものといわざるを得ない。
3 しかも、商法第一三九条によれば、右の会社設立取消の判決が確定した場合にも、会社継続の方法をとり得ることが認められており、必ずしも清算手続に移るとは限らない。
この点につき、原裁判所は、物的会社の系列に属する有限会社においては、合名会社、合資会社における退社なる制度は存しないから、商法第一三九条、第一四二条の定める設立取消の場合の会社継続の規定は(退社制度を前提とする故)、有限会社には適用がないものと解しているようである。(本件との関連事件である上告人を同じくし、被上告人を被上告会社とする、特別上告受理事件番号昭和三六年(ツテ)第三号債権仮差押異議上告事件原判決理由中に右の解釈が陳べられている。)然し、右の解釈は、有限会社法第七十五条第一項が右の商法第一四二条、従つて第一三九条の準用を規定している明文に反するのみならず、有限会社法第一九条第一項によれば、他の社員の同意を要することなく、持分全部の譲渡をすることができ、徒つて、実質上の退社が認められているものであり、更に、同法第七〇条はこれを前提としてか、社員が一人となつた場合にも会社を継続することを認めている点からすれば、有限会社に商法第一三九条の準用があり、会社設立取消の判決確定後においても、その会社継続をなし得るものと解せざるを得ない。しかるとき、民法第四二四条の適用なきものとせんか、債権者救済の途は全く閉されることとなる。
4 一般に債務者が、自己の財産を債権者の追求から免れるためになす詐害行為は、しばしば会社設立の形式によつて行われていること公知の事実であるが、このような会社は法形式的には会社であつても、実質的には、債務者そのものであつて、たゞ、債権者詐害のために会社という形式をとつているに過ぎない。奸智に長けた債務者が詐害の目的で、会社を設立した場合にその会社の設立を取消して清算手続によるほか、債権者を救済する方法がないとするなら実際問題として残余財産から弁済を受け得ることは殆んど望めず、仮にあつたとしても、それは極めて微々なるものであるといわなければならない。又、このように、会社の法形態が濫用されんか、取引の安全は甚しく阻害されること疑のないところである。
よつて、原判決は商法第一四一条、第一三九条及び有限会社法第七五条の解釈適用を誤り、不法に民法第四二四条の適用を排除したものであり、右法令違背は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから破棄さるべきものである。
第二点 原判決は憲法第二九条に違背するものである。すなわち、憲法第二九条第一項は「財産権はこれを侵してはならない」旨規定するが、それは人民が現に有する財産権について、それを剥奪し、又はそれに対して制限を加えてその行使を妨げてはならないことを意味する。
しかるに、原判決は前項のように商法第一四一条の解釈を誤り不法に民法第四二四条の適用を排除したもので、右違背はまさに憲法の保障する財産権に対し制限を加え、その行使を妨げたものであつて、憲法第二九条に違背するものと思料せられる。